大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和29年(ワ)1495号 判決

原告 星製薬株式会社

右代表者代表取締役 大谷米太郎

右代理人弁護士 成富信夫

飯沢重一

被告 山文証券株式会社

右代表者代表取締役 野口清三郎

右代理人弁護士 小西伝七

小野寺公兵

主文

被告は原告に対し金一、六〇〇、〇〇〇円及びこれに対する昭和二九年三月一九日以降右完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は、原告勝訴の部分に限り、原告において金二〇〇、〇〇〇円の担保を供するときは、仮に執行することができる。

事実

≪省略≫

理由

被告が有価証券の取引その他これに附帯する業務を目的とする証券業者であり、訴外安藤喜が当時被告新宿出張所長であつたことは当時者間に争がない。しかして、証人野口秀雄、同日村豊蔵の各証言によつてその成立を認めうる甲第一、第四号証を総合すると、原告取締役野口秀雄は昭和二十五年八月五日東京都渋谷区千駄谷五丁目九三七番地所在の被告新宿出張所において同出張所長安藤に対し、同月八日までに別紙目録記載の株券一〇〇、〇〇〇株(以下本件株券という。)を担保として金一、〇〇〇、〇〇〇円を原告に融通する、右期日までに融通することができないときは、被告は直に原告に対し本件株券を返還することを条件として本件株券を寄託したことを認めることができ、右認定に反する証人安藤喜の証言は信用し難い。もつとも前出甲第四号証の小切手が安藤個人の振出名義となつているが、証人野口秀雄の証言に徴すれば、これは被告が期日までに金一、〇〇〇、〇〇〇円を融通することを安藤個人において保証する意味で振出したものであることが窺われるので、この事実をもつて被告が抗争するように右寄託契約が安藤個人との間になされたものであることの証拠となすに由がなく、その他被告提出援用に係る全立証によるも前記認定を覆えし、被告の右抗争事実を認めるに足りない。

そこで右金融を目的とする株券の寄託契約が被告の目的の範囲外の行為であるとの被告の抗弁について考えるに、証券取引法第四三条によれば、証券業者は大蔵大臣の承認を得なければ、同一商号で証券業以外の営業を営むことができないこととなつている。証券業者である被告が金融業を行うにつき大蔵大臣の承認を得たという証拠は全然ないから、被告は同一商号で金融業を営むことができないといわなければならない。しかしながら、これはあくまで営業として金融ができないというに止まつて、営業としてではなく、単に顧客の便宜をはかる意味で株券を担保に金融をなすがごときは証券業者の当然なしうるところであり、またこのことは証券業者が顧客を維持するためにも必要なことである。これ故に、証券業者が顧客の便宜のため株券その他の有価証券を担保に金融していることは巷間隠れもないところであり、このことは証人野口秀雄の言に徴して窺知するに難くない。もつとも成立に争がない乙第一号証の目的欄にかかる事項が明記されていないが、これは営業として金融をしない被告の目的の登記としては当然のことであり、かかる記載がないからといつて顧客の便宜をはかるため株券を担保に金融することをその目的の範囲から除外したものとは解し難いし、証人安藤喜の証言中に「被告は金融は直接であると仲介であるとやつていない。」旨の供述があるが、これは被告新宿出張所における被告の業務についての事実を述べたに過ぎないのであつて、顧客の便宜をはかるため株券を担保に金融することが被告の目的の範囲内の行為であるか否かの判断の資料となるものではない。その他の被告がこれをその目的の範囲から明確に除外した事実を認めうるような証拠はないから、被告が顧客たる原告の便宜のため、金一、〇〇〇、〇〇〇円を融通することを条件として本件株券の寄託を受けることは被告の目的の範囲内の行為であると認めるのが相当である。従つて被告の抗弁は採用し難い。

しからば安藤は被告新宿出張所長の資格において被告の営業目的の範囲内に属する右寄託契約をなしたものといわなければならない。

原告は安藤が被告を代理して右寄託契約をなす権限を有していたと主張するが、これに副う証拠がないから、認めるに由がない。

よつて原告主張の表見代理の点について考えるに、顧客の便宜のため株券を担保として金融又は金融の斡旋をなすことが被告の営業目的の範囲内の行為であること及び証券業者が顧客の便宜のためその依頼によつて株券その他の有価証券を担保として金融をしていることは巷間隠れもない事実であることは前段認定のとおりである。しかして安藤が被告新宿出張所長として商法第四三条に該当する被告の商業使用人であることについては当事者間に争がなく、証人安藤喜の証言によれば、同人は新宿出張所において有価証券の売買、売買の媒介、取次、代理等につき顧客の注文を受け、これを本店に取次ぎ、預証を発行して有価証券を預かる等の事項を委任され、この範囲において代理権を有することを認めることができ、全証拠によつても被告本店と新宿出張所との間における被告の事務分掌について一般顧客をしてこれを知らしめる方途が講ぜられていたような事情は認められない。原告はかかる事情のもとにおいて安藤が被告を代理して金融のために株券を担保に預かる権限があるものと信じて本件株券一〇〇、〇〇〇株を寄託し、安藤は被告新宿出張所長としてこれを担保に一、〇〇〇、〇〇〇円を融通することを約して本件株券を預かり、同人が顧客から有価証券を預かる場合に使用することを許されている被告印を押捺して内容明確な「預り証」(甲第一号証)を発行して原告に交付したものであつて、このことは証人野口秀雄、同日村豊蔵の各証言によつて明白である。

以上認定の事実によつて考察すれば、安藤は被告新宿出張所長としての代理権を超えて原告から金融を目的として本件株券の寄託を受け、原告は安藤に右権限があるものと信じて本件株券を寄託したものであり、原告がかく信ずるにつき正当な事由がある場合に該当するものと認めるを相当とする。しからば前記金融を目的とする本件株券の寄託契約について被告はその責に任じなければならない。

次に被告が原告に対し期日を過ぎるも金一、〇〇〇、〇〇〇円の融通をなさず、また本件株券を返還しなかつたことについては当事者間に争がない。

被告は同月一〇日頃原告と訴外小坂井紋二との間に本件株券を小坂井の知合である名古屋市在住の岡島某に依頼して金策する協議が成立し、被告は同日以降は本件株券について責任がないと抗弁するが、これに副う証人安藤喜、同小坂井紋二の各証言は証人日村豊蔵、同野口秀雄の各証言に照して信用し難く、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。従つて被告主張の右抗弁は排斥を免れない。

しかして原告が昭和二九年一月一三日被告に対し、書面をもつて同月二五日までに契約を履行すべき旨の催告並びに右期間内履行がない場合には前記寄託契約を解除すべき旨の条件付契約解除の意思表示を発し、同書面が同月一四日被告に到達したこと及び被告が右期間を徒過したことは被告の認めて争わないところである。

しからば前記本件株券の寄託契約は同月二六日解除されたことは明白である。従つて被告は原状回復の義務を負うところ、被告野口秀雄、同安藤喜、同小坂井紋二の各証言によれば、被告は本件株券を占有せず、かつ、その所在すら判明しないことが認められるので、原告が被告に対し原状回復の履行として本件株券の引渡を求めることは失当である。

しかしながら特に措信するに足りる反証のない本件においては本件株券引渡の不能は被告の責に帰すべき事由に基くものと推認するを相当とするから、被告は原告に対し右引渡不能によつて原告の被つた損害を賠償すべき義務があるところ、本件口頭弁論終結当時における本件株券の時価は一株につき金一六円合計金一、六〇〇、〇〇〇円であることは当事者間に争いがないから、原告は本件株券の引渡不能によつて右時価相当の損害を被つたものといわなければならない。しかして右は通常生じうべき損害であるから、被告は原告に対し右損害金一、六〇〇、〇〇〇円及びこれに対する本件訴状が被告に送達された日の翌日であること訴訟の経過に徴して明白である昭和二九年三月一九日以降右完済に至るまで商法所定の年六分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。

被告は抗弁として、前記寄託契約に当り原告に重大な過失があるとして過失相殺を主張するけれども、原告のかかる過失の存在を確認するに足りる証拠はなく、証人安藤喜及び証人小坂井紋二の各証言は信用し難い。

しからば原告の第二の請求(これに対する抗弁)を判断するまでもなく、原告の第一の請求は右の限度においてその理由があるから、これを認容すべきも本件株券の引渡を求める部分は失当であるから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して主文の通り判決する。

(判事 守田直)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例